命のリレー。継承するもの。目には見えないけど確かにある「想い」

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命のリレー。継承するもの。目には見えないけど確かにある「想い」

日々の気づき

2016/12/29 命のリレー。継承するもの。目には見えないけど確かにある「想い」

寒い冬の北海道に出掛けた。

ハワイ好き、暖かいところが好きなわたしがこの時期に好んで出掛ける場所ではない。

でも出掛けなければいけない理由があった。

 

その日の早朝、成田空港へ向かうバスの中から美しい朝陽を拝むことができた。

ハワイではサンライズを見るために出掛けることはあるが、日本で朝陽を拝めるなんて思っていなかった。

幸先いいなー、幸せだなー、やっぱり太陽のチカラってすごいなー、なんてことを思いながら写真を一枚。

不思議だよね、なんかパワーもらえた。

 

sunrise

 

北海道に行く理由。

それは父方の祖父に会いに行くため。

もちろん祖父はもうとっくに他界している。父親も他界している。

おじいちゃんのお墓参りなんてことは決して珍しいことでもない。

でもわたしにとってこのお墓参りは先祖から脈々と繋がる霊的なラインを結びなおしに行くためのいわば「儀式」だったと思う。

 

実はわたしはこのおじいちゃんに会ったことがない。

母親でさえ、数回しかあったことがないと言う。

実はこのおじいちゃん、当時にしてはかなりハイパーなお人だったらしい。

お酒を飲むと表情が一変し酒乱で暴れ出し、父がまだ若い頃に女を作って家を出ていったという。

行きついた先が北海道芦別市というところ。

以降、わたしの父はこのおじいちゃんのことを嫌い、わたしも生前に会うこともなく、悪い話だけ聞かされていた。

そのまま命果てるまで息子である父とも会わなかったようである。

 

おそらくこのおじいちゃんは生まれてくる時代を間違えてしまっただけなのだ。

きっとすごくすごく繊細で寂しがり屋で、だけど強がりで本音を言えない(言えるような環境じゃなかったのかも)人だったのかも知れない。

だからこそ酒に、女に走ってしまったのではないだろうか。

悪いところしか幼い頃に聞かされていなかったのでそれをそのまま鵜呑みにしてしまっていたが、実は本当のところはそんな人じゃなかったんじゃないだろうか。

ふとそんなことを、本当に直感的に、感じた出来事があった。

 

わたしも精神的に追いつめられると、激しく激昂する。

自分で自分が制御できないほどに、怒りに震え、表情が一変する(らしい)。

まったく違う人が乗り移ったみたい、と言われることもある。

でもこの一言で、感じた、のだ。

もしかしたらわたしはこのおじいちゃんの気質を受け継いでいるのかもしれない、と。

 

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おじいちゃんが眠っている土地は札幌から少し北へ行った石狩という土地にある。

それを知ったのも実は父が他界した後10年以上経ったある日のことだ。

実はわたしの父はわたしに先祖代々のお墓の場所、そしてこの祖父のお墓の場所など一切知らせずに他界した。

生前父と仲が悪かったわけではない。でも知らされていなかった。

きっと父には父の都合があり、おじいちゃんのこともあったので、親戚から疎遠になっていたこともあるのだろう。

 

21世紀になる直前、父が突然他界した。65歳。寝ている間に脳の血管が破裂したのだ。

前の日、不思議なことに父に電話をしていた。それが結局最後の会話。

内容は覚えていない。そんな大したことじゃないし、まさか翌日に死ぬとは思っていないからとりとめのない話だったんだと思う。

突然他界したものだから何も知らなかったのだ。

じゃなぜどうやって知ることになったかを話したらすっごく長くなるので割愛するけど、とにかく「不思議な出来事」が起こり知ることになった。

 

わたしが今ここにこうして生きているのは、当たり前だが、両親がこの世に存在してくれたから。

そして両親も、そのまた両親がこの世に存在してくれたからに間違いない。

わたしが今ここにこうして存在するのは、先祖代々受け継がれてきた血のリレー、DNAのリレーを絶やさなかったからだ。

リアルに交流できる人たちは数少ない。交流できないご先祖様たちのほうが圧倒的に多い。

いま生きているわたしたちはその人たちの「想い(良かれ悪しかれ因縁という人もいる)」を受け継いで今に生きている。

お墓参りするということでしか向き合えない、触れ合えない、繋がらない「何か」がそこにはあるんじゃないのか、とふと感じた。

わたしがおじいちゃんのお墓参りをしよう、と突然思ったのもこのエネルギー的な血のリレーを、再度、繋ぐため。

しかもどことなくこのおじいちゃんがわたしに似ている気がしたのだ(勝手な推測です)。

先祖から数えてわたしは9代目にあたる。

7代目であるおじいちゃんのエネルギーに触れることができなかったために、もしかしたら流れるものも流れなかったのかも知れない。

それは先祖代々引き継がれる血であり、エネルギーであり、サポートであり、今の時代に成し遂げるべきお役目でもある。

 

雪深い石狩の地。こんなに雪深いなんて知らなかった。

霊園には行けたものの、墓前まではたどりつけなかった。

それでもなんか喜んでくれていたように思う。

この上ない晴天と思ったほど寒くはない気候。

この「儀式」のためにおじいちゃんが用意してくれた最高のコンディションだったように感じる。

春になったらまたリベンジして今度は墓前にご挨拶しよう、そう心に決めた。

 

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ハワイでは「繋がり」というものを大切にする。

代々継承するもの。そこには目には見えないけど確かにある「想い」。

それはフラの世界でも、ロミロミの世界でも、ハワイの文化伝統に息づくものには必ず「継承するもの」がある。

ハワイは他の国々からの移民によって成り立ってきた島だ。

それにはもちろん理由がある。

1778年、ジェームス・クック(キャプテン・クック)が西洋人として初めてハワイに来島して以来、ハワイアンは激変を余儀なくされた。

特にカメハメハ大王の死後の急変ぶり、病の蔓延は止めることができず、多くのハワイアンが命を、才能を、継承すべき大切な伝統を失っていった。

でも水面下で細々と受け継いでいた勇敢で尊い人たちのおかげで今もなお息づいている宝物(ハワイの文化財産)がある。

 

文化的なものだけではない。

人と人との繋がりもしかり。

老若男女一緒になって楽しむ時間の中に継承がある。

お年寄りから若者へ、技能、才能を持つものから学ぶものたちへ。

 

繋ぐこと。それは人の役割のひとつ。

 

帰り道、バスの中から日本海が見えた。

冬の北海道の日本海。寒々しい景色だけど、きっと春はきれいなんだろうな、と想いを馳せる。

ハワイと比較するのはなんだけど、なんかどこかハワイを感じる景色もバスの中から見た。

でもなんだかホッとした。

長い長い道を通ってやっとスタートラインに立った気分。

いったいわたしはどこへ向かうのか。

自分の道(運命)は自分で決めるというが、果たしてそうだろうか?

自分で決めているようでそう動くように動かされてるのではないだろうか?

そんなことさえ感じる2016年の年末。

 

来年が明るく平和に幸せな一年であることを祈る。公私ともに。地球的に、わたしの身の回り的に。

 

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