人に好かれようとするのはやめよう、と思った

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人に好かれようとするのはやめよう、と思った

感じること・想うこと

2017/05/14 人に好かれようとするのはやめよう、と思った

waipio

 

 

昨日、一日瞑想していた。

ひとつ、セッションが入っていたが、それ以外の時間は、ほぼ、瞑想していた。

 

人に好かれようとするのはやめよう、と思った。

 

その矢先、わたしが尊敬する坂爪圭吾さんがこのようなことを書いていた。

 

 

嫌われないためにはどうすればいいかではなく、潔く、嫌われてしまいましょう。傷つかないためにどうすればいいかではなく、潔く、傷ついてしまいましょう。死なないためにどうすればいいかではなく、潔く、古い自分を一回殺して【ダサい自分を一回殺して】新しい自分になって生まれ変わってしまいましょう。悩み相談などを聞いていると、そういうことを思う。嫌われたのなら、嫌われてしまったでいいじゃないか。傷ついたのなら、傷ついてしまったでいいじゃないか。死んだなら、死んでしまったでいいじゃないか。それが「生きる」ということじゃないか。我慢を重ねて生きるより、自分を殺して生きるより、少なくとも「自分はこういう人間だ」と真っ直ぐに表明した瞬間の清々しさ、潔さ、明朗な態度を通じて、自分に対する信用を何度でも取り戻していけたらそれでいいじゃないか、と、わたしは思う(ことがある)。

 

 

また最近言われて、そうかもしれない、と感じたことがある。

声のことだ。

 

わたしの声はいいらしい。(よく言われるから最近は、「声はいい」と認めるようにしている)

 

しかし、反面、受け手の心理状態によっては、

 

厳しく、冷たく、突き放したように、偉そうに、傲慢に、聞こえるらしい。

 

声のトーンの問題なのか、話し方の問題なのか、それはわからないが、

確かに、そういうところがあるのかも知れないな、と自覚した。

 

しかしそればかりはどうしようもない。

もともと目つきが鋭くて怖い印象を与えるのと一緒で、それはどうにもしようがないこと。

なので放っておく。目の前の人に判断してもらうしかない。それに委ねるしかないのだ。

 

 

人はきっと無意識のうちに、人に好かれたい、認められたい、受け入れられたい、という意識が働くものだと思う。

だからこそ、人前ではちゃんとしているし、少し猫かぶってるし、とにかく自分が感じる「印象いい人」のふりをする。

 

恋愛なんかだとそれは顕著だよね。

 

それが悪いわけじゃないし、もちろん印象はいいほうがいいに決まってる。

 

でもそれで自分自身を殺して、無理して、演技してても、いつかは剥がれ落ちる。

 

 

自分を生きよう、と覚悟した。

今を生きよう、と覚悟した。(これについては後日また改めて……)

 

そして自分はとても無力だし、人の力なしには生きられない。

それを認めてしまおうと思った。

 

 

 

カードリーディングをしていて、いろんな相談を受ける。

しかし、結局、わたしは無力である、ということを学んだ。

 

誰かを救おう、なんて思ったことは一度もないが、

少なくとも、なにか変わるキッカケに、

「自分を認められない自分」のかたい殻を破るキッカケになれば嬉しいな、と思っていた。

 

でもそれさえ傲慢だ、ということに気がついた。

 

 

答えはすべて自分自身の中にある。

 

だからこそ話し相手になればいい、と思った。

 

人は話すうちに心がほどけていく生き物だと思っている。

 

ただ聞いてあげればいい、

自分から話せない人は、カードを使って話すキッカケを与えてあげるだけでいい、

それでも話せなければそれでもいい、

そう感じたのだ。

 

 

ご縁は繋がる時に繋がる。

日常の些末なことに惑わされないような自分自身でいたい。

 

食事、瞑想、SEX、お風呂、笑顔、ゆとり、睡眠……

日々自分自身が「真ん中」でいられるように。

 

明日、江ノ島で「潜在意識とつながる会」というイベントを開催します。

ここでも、最近のわたしの気づきをシェアできたら、と思っています。

 

ご縁ある方と繋がらせていただきます。

 

 

自分を整えるためのイベント情報(クリックしてね!)

 

 

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